スケールアウトメディア - メディア(媒体)の「数」がコピー容易性に与える影響

2008/02/10

不定期コラムです、こんばんは。
 
■1TB HDDが2.5万円割れ、普及価格帯に迫る
http://www.watch.impress.co.jp/akiba/hotline/20080209/etc_hdd.html
 
1基で1TBの容量を持つS-ATAのHDDの中に、25,000円を切る価格のものが
登場したというニュースがありました。WesternDigitalの「WD10EACS」が
その先陣を切っているようです。
 
大容量のHDDが安く手に入るようになるというのは、ユーザにとっては
とても嬉しいことですね。自作PCなどを手がけるユーザにとって、
多くのユーザが手を出し始めるのは2万円を切ったあたりからでしょうから、
1TBの普及期は近いのかもしれません。
 
 
さて、昨日の記事のコメント欄で軽くツッコミを頂いたこともあり、
そのあたりのデータ保存のお話をもうちょっとしてみたいと思います。
 
■2008/02/09 [8ミリフィルム⇒DVDの変換を業者に依頼するお話
8ミリフィルム⇒DVDの変換を業者に依頼するお話]
HDDもメディア(媒体)に含まれるから、
この記事で何を言いたいのかがさっぱりですよ。

おっしゃることはよくわかります。HDDだってメディア(媒体)の1つである
ことには変わりありません。たとえば古いSCSIのHDDなどを持っていたら
今になってその読み出しをしろといわれても途方に暮れてしまうでしょう。
 
もうちょっとひも解いてみましょう。あるデータを、
 
 長い間「利用可能な状態」で活かし続けること
 
というのが最終的な目的です。
 
この目的からいえば、たとえば「ソフトウェア」というデータは
かなり難しいな部類に入ります。それはソフトウェアは実行を
OSやハードに依存しているからです。それを「利用可能」にするには、
その当時のOSやハードをセットで持っておくか、ソフトウェアとして
現世代に移植する必要があります。これはコピーより難しい問題です。
 
一方、テキスト、画像、音声、映像などの大抵のデータは、
データそのものをコピーすることで現在でも利用が可能です。
(それを利用するためのソフトのほうを別の「誰か」が移植しておいてくれれば)
 
ここで 「コピー容易性」 という観点でデータの保全難易度を測ることにしましょう。
 
 
最初に立ちはだかるのは 「1、アナログ」 という壁です。
 
先の記事にあった8mmフィルムもそうですが、VHSテープなどでも状況は同じで、
それがアナログデータである時点で、その「完全なコピー」を作ることは不可能です。
従って、完全な形で何十年も先まで「利用可能な状態」で取っておくことは難しくなります。
 
そこで「デジタルサンプリング」をして、アナログからデジタルに変換する
ことになります。変換時は劣化してしまいますが、そこから先の世代は
劣化せずに延々と同じ質を受け継いで(コピーして)いくことができますから、
「利用可能な状態」を保ち続けるためには大きな意味を持ちます。
 
続いて立ちはだかるのは 「2、再生環境」 という壁です。
 
コピーを行うには、その旧世代側のメディア(媒体)を読み込める環境が
なければいけません。世代が変わるごとにコピーを繰り返していけば
その環境は大抵揃えられますが、世代が何代か変わっていく間に
そのコピーの手間を怠っていれば、あとから大きなしっぺ返しが待っています。
世代交代を何度もスキップしていると、再生環境の入手が困難になるのです。
 
先のアナログの8mmフィルムもしかりですが、フロッピーやMOなどを見れば
わかるように、デジタルでもこうした問題から逃れることはできません。
 
どんどんいきましょう。次の壁は 「3、媒体の数と手間」 という壁です。
 
これはよく見落とされがちな点ですが、世代が変わったからコピーすればいいや、
という安易な想像は、媒体の枚数が少ないときだけに許される考え方です。
 
たとえば 「500GBのHDD 1基」 と、「CD-R 1,000枚」 はほとんど同じ容量の
データを保存することができます。では、1TBのHDDが安くなったので
ここに過去のデータを移そうと思ったらどうなるでしょうか?
 
前者はコピーコマンド一発ですが、後者は10分おきくらいにCDトレイの
出し入れを手で繰り返さなければなりません。10分おきに1,000回 といったら、
1日5時間かけて30枚 ですから、まるまる 1ヶ月作業 になりかねません。
 
これらは一見、同じ容量のデジタルデータなんだからどちらも同じでしょ?
というように見えなくもありませんが、メディア(媒体)はその数が増えれば
増えるほどコピーの扱いが難しくなるのです。
 
最後に 「4、コピーガード」 という壁があります。DRMなどがそれにあたります。
 
これはそのままではコピーできないという点で、デジタルであったとしても
「アナログの壁」よりもタチの悪い壁になります。コピーしたいのに
コピーできずにそのままデータが メディア(媒体)と心中 してしまう
というのは最も悲しいシナリオです。
 
ただし、俗に言われているほど絶望的な壁かというと、実際にはいろいろ
手立てはあります。本当に意地でも保全したいデータであれば、
「手間も掛けて、質も落とす」 という涙ぐましい選択をすれば大抵のデータは
そのガードの檻から開放することができます。たとえば再生機で映し出した
ものをビデオカメラで録画しなおす、といった手段がそれにあたります。
がっかり感は倍増しますが、消失するよりはるかにマシという考え方もできるでしょう。
 
 
さて、話を元に戻して、メディア(媒体)として HDDがどんな特性を持つか
というお話です。上でいくつか挙げた「壁」のお話でいうと、
「3、媒体の数と手間」がVHSテープ、フロッピー、CD-ROMなどのほかの
メディア(媒体)と大きく違います。
 
 (A) 容量を固定 して、個数を増やす 使い方のメディア
   = スケールアウト型メディア
 
 (B) 個数を固定 して、容量を増やす 使い方のメディア
   = スケールアップ型メディア
 
という分け方をすると、HDDだけは(B)のような使い方が主流でした。
 
たとえば100GBのHDDをどんどん買い増して 「いつのまにか部屋には50個のHDDが!」
といった状態になっている方はほとんどいないと思います。普通の人であれば、
大きな容量のHDDを購入したら、小さい容量のHDDのデータは順次移動していくでしょう。
 
これは案外と深い意味を持っています。私はさきほどメディア(媒体)の「世代」が
変わるごとにどうデータを移し変えていくかが問題であるという定義をしましたが、
HDDは同じようなメディア(媒体)でありながら、いわば常に世代交代をしているのと
同じことになります。FD⇒CD⇒DVD⇒BDといった変化を ギアチェンジ に例えるなら、
HDDは常に「無断買い変則」・・いや違った、
 
 「無段階変速」をしていることになります。
 
HDDだって、容量をある程度固定した規格にして、個数を増やすように買い増して
くださいね、と定義づけた製品としてメーカが売っていたなら、他のメディア(媒体)と
同じようなことになっていたでしょう。しかし、実際はそうしませんでした。
 
こうしてHDDは、売り方の特性が「(B)スケールアップ型メディア」であったために、
「(A)スケールアウト型メディア」が作り出すような、
 
 枚数ばっかり増えちゃって、いざというときに手に負えなくなる
 
という難関とは無縁の世界を堪能することができるのです。
同時に、世代が古くなればなるほどコピー容易性が落ちるというお話についても、
利用形態として「無段階変速」、つまり、定期的に移し変えて使うという習慣が
身に付いているために、これも大きな問題にはなりません。
 
メディア(媒体)管理にまつわる問題が一番少なく、コピー容易性を末永く保つ
ことができるという観点から現時点で一番優位なのは、やはりHDDです。
 
それは磁気ディスクだからとか、容量が大きいからとかの理由ではなく、
売り方として「(B)スケールアップ型メディア」であることを受け入れたから
というのがこのお話の本題です。
 
私は以前から、
 
 大量のメディア(媒体)に囲まれるのはもうコリゴリだ
 
というようなお話を何度もしてきているのですが、それは 「数」が増えること
そのまま管理・保全の難しさを助長してしまっているからに他なりません。
そしてその「数」は、視点を変えてメディア(媒体)を販売する企業からすれば
実は 最も旨味のある商売ネタ であることも忘れてはいけません。
 
スケールアウト型メディアの商売とは、管理しきれないほどの数のメディアを
消費させる方向に動きます。単純に大量に販売できるというだけではなく、
次の世代になったときにコピーが面倒くさくなることで、データを捨てざるを得なくなる
 
=新しいメディア(媒体)の上でまた同じものを買ってくれるかもしれない
 
というコンテンツビジネスの循環の中に、このスケールアウト型メディアの
特性が組み込まれているからです。
 
一方で、スケールアップ型のメディアにも、1つの大きな弱点があります。
それは、「吹っ飛ぶときは全部いっしょ」 という安全性の問題です。
これはかなりシビアな問題ですので、データを安全に保全するためには、
バックアップの体制もしっかり取る必要があります。
(スケールアウト型メディアは、結果的に破壊消失というリスクが分散されます)
 
 
一度手に入れたデータを 「利用可能な状態」 で活かし続けることは、
案外と一筋縄ではいきません。管理する メディア(媒体)の「絶対数」
増えているなと思ったら、ちょっと思い直してみてください。
そのデータは将来 「まとめて捨てるしかない」 という運命から逃れることができるでしょうか?


2008/02/10 [updated : 2008/02/10 23:59]


この記事を書いたのは・・・。
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hejihogu 2008/02/12
データをどのようにコピー保存するかという話。メディアによる違いは大きい。
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▼ コメント ▼

No.17929   投稿者 : ぽぽろ   2008年2月11日 21:52

ウチのように1TBのNASを「(A)スケールアウト型メディア」として使っている人はやはり少数派なんでしょうかね?

ただいま3台目に蓄積中・・・。


No.17930   投稿者 : とおりすがり   2008年2月11日 23:12

こーゆー事を説明しないとわからない人って・・

↑の人
常人の扱うデータなんて、1Tあれば充分なので特殊でしょうね。


No.17931   投稿者 : 匿名   2008年2月11日 23:44

スケールアップ/アウトとは関係ないので、趣旨と外れるかもしれませんが、長期的なデータの保存について。
http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/preservation_03.html


No.17932   投稿者 : 優駿   2008年2月12日 14:57

>HDDだって、容量をある程度固定した規格にして、個数を増やすように買い増して
>くださいね、と定義づけた製品としてメーカが売っていたなら、

昔はそれ売ってました。SyQuestのリムーバブルHDD。
ただ日本じゃMOでしたし、向こうでもZipとかが出てきて廃れていきましたけど。



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