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2005年08月21日
圧倒的な表現力を持つ映像データ、それでもテキストは死なず。 
日曜コラムです。こんばんは。
昨日のエントリでは、Xactiで撮ったちょっとした動画を
掲載していましたが、ご覧頂けましたでしょうか?
カート場の雰囲気、カートが疾走する姿というものは、テキストや
静止画でいくら訴えてもなかなか伝わらないところがありますが、
こうして動画を撮ってみると、そんな問題は一発で解決 します。
私がXactiを好んで持ち歩くのは、そうした
「説得力のある映像」を少しでも残しておきたい
からです。百聞は一見にしかず、目に見えて動くもの=「映像」は、
それだけで十分に貴重な資料となるのです。
以前、「クターのマニュファクチュア」というミニゲームで
Doblogユーザの方々でスコアを競い合ったことがありましたが、
そのときも実際のプレイの様子を
HDDレコーダで録画して動画としてアップ
してみたことがありました。ゲームの雰囲気も、静止画よりは
動画のほうが何倍も判りやすいことは言うまでもありません。
| フォーミュランド・ラー飯能 走行風景 |
|---|
![]() |
| MPEG-1(VideoCD 352×240) 26秒、4.5MB |
| クターのマニュファクチュア |
|---|
![]() |
| MPEG-1(VideoCD 208×184) 3分19秒、14.9MB |
| デジモノREVIEWメニュー構成 |
|---|
![]() |
| MPEG-1(VideoCD 352×240) 2分34秒、15.3MB |
実は今日、デジモノREVIEWのサイト解説 の動画をこそこそと
作っていました。サイトの使い方も、文字と静止画で説明するより、
動画で実際にページを遷移させながら説明したほうが
直感的で判りやすいのではないか、という考えからですが、
うーん、こちらはもう少し工夫が必要なようです。
前もって原稿も書かずに一発撮りしたのもマズかったですが、
それ以前に、説明的なコンテンツは、映像だと間延びした印象を
受けてしまう問題が浮かび上がってしまいます。考えどころです。
さて、最近では動画ブログが作れるブログサービスも少しずつ数を増やしてきているようです。そういえば、1990年代初頭のマルチメディア
ブームに沸いた頃には、私たちは、
テキストから画像へ! 画像から音声・映像へ!
というリッチコンテンツへのステップアップを信じて疑いませんでした。
「今はディスクも限られているし、回線も細いから、
テキストなんか で我慢しているけど、将来はきっと、
これが全て音声と映像に置き換わるんだ。
難しいキーボードなんて打てなくても、マイクとカメラだけで
いろんなことができるようになるハズだよね。」
ところがフタを開けてみると、眼前にあるのは、
テキストは死なず! っていうか文字全盛?
な世界です。あれから10年以上経った今でも、私たちがインターネット上で
行っているネットコミュニケーションは、10年前のあのパソコン通信と
それほど変わっていないのです。
これは私たちの「進化の足取り」が鈍っていて、辿り着くべき
未来になかなか近づいていないことを意味するのでしょうか。
いいえ、そんなことはありません。
テキストが相変わらずネット上の情報の主役を張っている理由について、
「観賞の実時間性」、「内容の事前走査性」、「機械処理の容易性」
という3つの側面から考えて見ましょう。
■「観賞の実時間性」
情報は、時間軸 を持っているものと、時間軸を持っていないもの
があります。前者は「音声」と「映像」、後者は「画像」と「文字」です。
情報が時間軸を持っているということは、すなわち、
情報の観賞に、実時間が掛かってしまう
ということを意味しています。30分の映像は、観賞時にもしっかりと
30分という時間を掛けなければ観賞することがでません。それは
すなわち、大量の映像を効率的に摂取することが難しいことを意味します。
それに対して、画像を理解するのはまさに一瞬であり、そこには時間軸は
存在しません。また、テキストも、画像よりは観賞に時間が掛かるものの、
基本的には情報提供者側の意思とは無関係に流し読みすることができます。
■「内容の事前走査性」
これは1つ目の「実時間性」と深く関わってきます。
実時間性を持った情報は、単純に観賞に時間が掛かるというだけではなく、
観賞前に事前走査の作業を行うことが非常に難しいという弱点があります。
テキストであれば、文章の最初から最後までを一望して、なんとなく目に入った
単語を印象付けることで、それが「自分の興味に合致しているかどうか」を
ぼんやりと判断することができます。その判断さえ付けば、時間を掛けて
読み進めるべきかどうかという決断を、事前に下すことが可能です。
ところが、実時間性を持った「映像」や「音声」は、全体を一望することが
できません。そして、全体を一望できないということは、そこに興味ある
情報が含まれているかどうかが、
時間軸に沿って観賞を進めていかない限り判らない
ということです。テキストは、読む価値があるかどうかを、読む前に
判断できるが故に、大量の情報を人間の力で捌くことができるのです。
■「機械処理の容易性」
これは直感的に判りやすいお話です。技術の進歩は、大量のテキストから
「意味」を取り出すことには徐々に成功していますが、それ以外の形式の情報
に関してはそれが巧くいっていません。「実時間性」「事前走査性」については
テキストを上回っていた画像も、この機械処理の容易性についてはテキストには
まったく適わない状態です。いわんや映像をや、というところでしょう。
ちょっと情報に慣れた方であれば、映像による情報より、大量の文字情報が欲しいと
思うことは少なくないでしょう。TVのニュース番組では、実時間性の制約により、
30分~1時間掛けても10~20のお仕着せのトピックしか取り上げることができません。
同じ時間でも、ネット上のニュースサイトを覗けば、数百のトピックの中から
自分の興味あるトピックを30~40は摂取することができるでしょう。
観賞に実時間を要しない、事前走査によるフィルタリングが可能、機械処理技術の
進化の恩恵を真っ先に受けている、という点に於いて、「文字(テキスト)」は
10年経った今も、「映像・音声」による情報伝達の追随を許していない のです。
それゆえに私たちは、このネット社会で延々と テキストの大量生成、大量消費を
繰り返している というワケです。
映像・音声を用いて情報を発信する場合、特に「実時間性」や「事前走査性」が
もたらすデメリットについて注意し、できるだけ 直感的に判る部分を短く切り出して
表現する必要がありそうです。ネット上に最近見られる映像コンテンツが数十秒から
せいぜい2~3分までの長さに抑えられているのは、ファイルサイズ(ダウンロード時間)
の問題ではなく、そうしたキャッチーさを失わない工夫という意味があるのでしょう。
映像・音声・画像には、文字(テキスト)では絶対不可能なレベルの表現力が
あります。一方でテキストには人間、機械共に、その情報を効率的に処理する
ための手法が確立されているというメリットがあります。これらは、それぞれの
長所を殺さないように使い分けられるべきでしょう。画像や動画を巧くトッピング
することができれば、文字(テキスト)情報は更に輝きを増すに違いありません。
投稿者 CK : 2005年08月21日 23:59 | コラム
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