音楽と書籍にみるデジタル化スキームの違いと、ビジネス離陸との関係

2005/03/27

日曜コラムです。
 
音楽のデジタルライブラリ化は2000年~2001年から始まり、
2005年には完全に音楽の楽しみ方の主流になりました。
国内では 「iPodショック」 という言葉も聞かれるくらい、
それは国内の音楽業界にとって 想定外の進化 だったに違いありません。
 
国内の音楽業界が想定していた音楽娯楽のデジタル化とは、
ATRAC3 で OpenMG で LabelGate であり、業界がガチガチに固めた制御機構に
しっかりとはまるやり方のこと。それは(業界にとって)理想的なペースで
ゆったりと進行していくハズだったでしょう。一方のユーザにとってそれは
革命的な進化といえるほどではなく、デジタルライブラリを安心して構築できる
環境ではありません。その流れでは2005年の今でも、多くの人がおそらくはまだ
「MDでアルバム単位の音楽を楽しむ」スタイルから抜け出していなかったと思われます。
 
どうして音楽は、デジタルデータとして、メディアからの開放を成し遂げる
ことができたのでしょう? 私はその最大の理由を、音楽のデジタルデータ化が
 
 「ユーザ自身の手」で可能だったから
 
だと考えています。それを確かめるために、
 
 ・書籍のデジタルデータ化
 ・映像のデジタルデータ化
 
と対比させて考えてみましょう。
 
■PCが持つ各種コンテンツのサポート能力

種類再生能力自力記録電子販売
音楽(CD)
小説(書籍)×
コミック(書籍)×
TV番組(TV)
映画(DVD)×

ここで言う 「自力記録」 とは、ユーザが、自分の所持するコンテンツ(ライブラリ)
を、自分の手でデジタルデータ化する術があるか、ということを示しています。
表からも判るとおり、ユーザ自身の手によってコンテンツをデジタルデータに
変換できるコンテンツは、今のところ音楽くらいしか存在しません。
キャプチャカードによってTV番組を録画することはできますが、これはある程度の
投資が必要となり、誰でもできるものではありません。音楽は2001年頃からすでに
ほぼ100%のPCでリッピングが可能になっていた背景と比べると雲泥の差です。
 
小説、コミックなどはどれも、再生能力としては現在のPCで十分すぎるほどです。
しかしこれらの「紙」を基点とした 「超アナログメディア」 は、自力記録の可能性に
関しては今のところ絶望的です。スキャナやOCRの進化は目覚しいものがありますが、
 
 書籍をバラさずに1ページずつスキャンできるデバイス
 
は今のところ存在しません。(少なくとも民生用機器では)
 
そこで一番右の電子販売の欄をご覧ください。デジタルデータを手に入れる手段は何も
自力記録だけではありません。建前だけで言えば、電子販売でも同じように
デジタルデータを手に入れて、デジタルライブラリな生活を満喫することは可能なハズです。
 
しかし私には、この表がそれを否定しているように思えます。
デジタルデータの入手元が 電子販売だけ の世界では、ユーザは自分の 納得のいく
デジタルライブラリ を構築できないかもしれないという不安を拭いきれないのです。
 
それは音楽配信を見ても、電子書籍販売を見ても、如実に体感できるでしょう。
彼らは商売が軌道に乗るまでは、決してマイナーなコンテンツをデジタル化
しようとはしません。それは 採算に合わない 莫大なコストが掛かるためです。
そこで彼らは、メジャーどころだけ抑えていれば 在る程度商売になると踏んで
売れセンだけを揃えた電子販売を始めようとします。
 
こうした電子販売ビジネスが 閑古鳥の養殖場 になっているのはご存知の通りです。
 
音楽配信も、電子書籍も、「ブレイクは何時になるのか?」と聞くのもはばかられるくらい、
寂しい状況で推移しています。その理由は 「マイナー作品」「過去の作品」
をデジタル化するコストがビジネスの土俵の中では捻出できないからです。
「マイナー作品」が電子販売されるには、メジャー作品がバンバン売れて市場を作り、
「マイナー作品」もデジタル化してあげるくらいの余裕を市場全体が持つ必要があります。
「過去の作品」はもっと悲惨です。デジタル化しても、既にアナログ媒体を所持している
ユーザがデジタルコンテンツを 再購入してくれる確率 は極めて低いでしょう。
従ってデジタル化とその販売準備のためのコストはほとんどが無駄な投資となってしまいます。
 
しかも困ったことに、
 
 「既にアナログで持っているモノを、わざわざ
  デジタルで買いなおすのはちょっとなぁ・・・」
 
という理由で再購入をためらっているユーザは、一方で、
 
 「全ての所持コンテンツがデジタル化できないなら、
  デジタル化する意味が無いかもしれないなぁ・・・」
 
という 暴言(?)を平気で吐いてきます。過去の作品を電子販売しても
ロクに売れない、でも過去の作品まで含めてデジタル化できなければデジタル
ライブラリ化が進まない、この自己矛盾を一体どうすれば良いというのでしょう?
 
そう、その通りです。
 
 「ユーザ自身の手によるデジタルデータ化」
 
これが音楽のデジタルライフ突入に必要だった マジックワード なのです。
書籍と映像が音楽のあとに続かないのは、この「コンテンツのリッピング事情」
に大きな差があるからだと考えられます。映像はまだライブラリ構築に必要な
ストレージ容量が十分ではないという理由もありますから言い訳がききますが、
書籍のほうはそうもいきません。現在のPCやビューワが持つ性能は、書籍の
デジタルライブラリを作って楽しむためには既に十分すぎる能力を持っています。
その環境を活かすことができないのは、ユーザが自分自身のコレクションを
デジタルデータ化するための術、つまり スキャンデバイス が存在しないからです。
音楽が業界の想像を遥かに超えるスピードでデジタル化していったのは、
スキャンデバイスが完備され、ユーザが自力でリッピングをしたからなのです。
 
書籍がデジタルライブラリとして離陸するには、ユーザが「これ」と指差した
作品が必ずデジタル化できる必要があります。一部のメジャーどころだけ
デジタル化して販売してもあまり意味がありません。ユーザはデジタル化「できない」
作品に遭遇すると、途端に ライブラリ構築熱が冷めてしまう からです。
 
では、書籍にもユーザ自身の手でスキャンが可能なデバイスがあれば良いでしょうか。
 
いいですね。書籍スキャンデバイス。今までこのブログでは触れていませんでしたが、
私はコミック買いまくり癖があり、所持するコミックはおそらく2,000冊を超えます。
これらが1つのデバイスでパラパラパラパラとスキャンできるのであれば、
私はそのスキャンデバイスとスキャン後の作品を読むための見開きビューワを
各々5万円でも購入 するでしょう。自分の全ライブラリをデジタル化できる
ということは、それくらいの価値が十分にあります。
 
しかし、出版業界はおいそれとその土俵に飛び込んでこられないに違いありません。
技術的に難しいから? いや、やると決めれば、技術はあらゆる課題を克服できるかも
しれません。しかし過去の作品をデジタル化することがビジネス的に美味しいか?
と言われると、業界的には疑問が残ります。音楽の世界でもそうでしたが、
新作を売るときだけ利益が入るというビジネス原則に対して、「過去の作品」とは
商売のジャマ にしかならないためです。ユーザは常に「過去の作品」を手軽に扱いたいと
考えており、一方で業界は「過去の作品」は 早く消えて欲しい と願っているのです。
 
音楽のデジタル化に関しても、国内の音楽業界は散々叩かれました。
 
「新しい市場が広がっているのに、何故そこにチャレンジしようとしないのか?」
 
しかしその答えは、実は非常に単純で明快でした。例えどんなに巨大な新市場が
目の前に広がっていようとも、それが 「自分が儲けを見出せない市場」 だとしたら、
それは 「フロンティア」でも何でもない のです。ユーザの望む世界と業界の打つ一手に
微妙な隔たりを感じるのは、往々にしてそんな認識の乖離が存在するためです。
それを進んで壊すことができるのは、今までその業界で利権の中心ではなかったプレイヤーだけ
でしょう。音楽の世界で起こったiPodショックも、そういう状況で初めて発生した事象なのです。


2005/03/27 [updated : 2005/03/27 23:59]


この記事を書いたのは・・・。
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kennak 2005/03/28
マーケティングは顧客の巻き込み方が命! 排除してはダメだ・・ 巻き込んだ上でビジネスへ発展させる
keisuke_yamane 2005/10/16
マジックワードは「ユーザ自身の手によるデジタルデータ化」
takuya_1st 2010/12/29
まさにその通り。【音楽のデジタルデータ化が 「ユーザ自身の手」で可能だったから】付け加えるなら「手軽に」ユーザーに自身の手で可能だった。
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▼ コメント ▼

No.952   投稿者 : スナ   2005年3月28日 20:38

ブラボー! このコラムは素晴らしいですっ
私も昔から雑誌や文庫本等買い集めてかなり持ってますが結局生涯全ての資産を持ち続けるのは不可能なんですよね(苦笑)最近少しづつ思い出と共に処分してます(つ_;)

個人で大学のようなライブラリを作れるはずも無いので手持ちの本や雑誌などのアナログメディアを場所の取りにくいデジタルメディア化出来るならどんなに素晴らしいんでしょう…

…まぁ、それをやるにしても膨大な時間が必要なんでしょうし、時が来たらデジタルの器を入れ替える作業もまた一苦労なんですけどね


No.955   投稿者 : CK   2005年3月29日 17:55

●スナさん
書籍スキャナほしいですよね~~(切実) 台座に乗せて、1ページ1ページ自動めくりで、
ページの紙をはさむようにして両面同時にスキャンしていくようなデバイスが登場しないものでしょうか( ̄▽ ̄;)
たとえ1冊につき1時間くらい掛かるとしても欲しいデバイスです。
しかしそんな機械が登場したら、今度は「本のP2P共有」が大問題になるでしょうね・・・、”Bookshare” とか・・・。


No.963   投稿者 : ぼくと   2005年3月31日 01:27

マイナー本の電子データ化をメーカーが行うのって、そんなに手間・コストがかかりますかね?
今では小説はほぼ完全に電子データでの納品でしょうし、マンガだって原稿段階でスキャナに通せば
ほとんど手間をかけずに電子データ化できると思いますが。
ユーザーレベルで本をばらしてスキャナに通す・・よりもはるかに簡単に綺麗に。

あとは電子データを販売するためのインフラ整備にかかるコストがネックになるでしょうけど、
これはメジャーコミック販売分で十分ペイできるでしょう。

要は、出版社にやる気がないだけだと思います。
(販売したデータのP2Pへの流出をどう防ぐかという問題もあるし・・・)


No.964   投稿者 : maida01   2005年3月31日 12:28

素晴らしい分析ですね。

HDD録画のような機器の出現で、TV番組系は変わっていきそうですね。
東芝のRD-H1は欲しいなと思っています。
HDD録画で、番組の見方が変わったと言っている方の話を見受けます。

非常に参考になりました。また拝見に来ます。


No.976   投稿者 : CK   2005年4月 1日 10:37

●ぼくとさん
そうですね、新作マイナー作品のみを考えれば、1作あたりのコストはある程度小さくてすむかもしれません。ただ何せ、数が多いですが・・・。
それと、そのデジタル化の作業を「業務プロセス」として従業員の間に定着させるまでの初期コストは更に加わりそうです。
そのあたりの「利益が返ってこないかもしれないマイナー作品への投資」を許容していければ、
今後の新作は全てデジタル化で、という世界も可能かもしれません。膨大な過去作品についてはモチロン別問題ですが(´・ω・`)
デジタル販売に本腰を入れるということは、そのまま巨大な流通網の無力化を意味しますから、既存出版社はやりたがらないでしょうね~。
 
●maida01さん
残念ながら、本文の最後にも記しましたとおり、業界は逆のベクトルへ動くのが彼らなりの正しい戦略のようです。
音楽の世界ではたまたま「手遅れ」になってしまったがために、デジタル革命が起こりましたが、TV映像の世界では
「手遅れになる前に!」と、デジタルライブラリ文化に対する「業界による制御」(コピーワンス)を埋め込もうと必死です・・・。
TV映像の世界でも、書籍の世界でも、個人がデジタルライブラリを自在に扱える世界が訪れると良いですね~。


No.3439   投稿者 : N   2006年8月 6日 01:12

一年以上前の記事への書き込みは相当躊躇いましたが、あえて投稿。
ずばりコミック、小説の類のP2Pはもう常識
私自身、スキャナとビューアを駆使して、デジタルデータ化に邁進してます(共有はしてませんが)
スキャナの改造&フォトショップ併用で、驚くほど手間が省けました。
総コストにして3万弱、スキャナの性能がもっと上がれば、さらに一般化するかもしれませんね。



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